投資信託の実質コストを推定する時に「売買委託手数料」を参考にしてはいけない理由

投資信託の運用報告書に記載されている「売買委託手数料」は意味のない数字です。本当になさけない話ですが、金融機関で働く人でもこのことを分かっている人は皆無です。

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投資信託の実質コスト

投資信託の費用(コスト)は、販売手数料や信託報酬率だけでなく、売買手数料や外貨建て資産の保管費用等を含む実質コストで判断すべきということは、既に多くの方がご承知のとおりです。

販売手数料や信託報酬率以外にかかったコストは、運用報告書の「1万口当りの費用明細」を見ればわかります。そして多くの人が、ここに記載された情報に基づいて、実質コストがいくらかかったのかの判断を行っています。

注意してほしいのは、「1万口当りの費用明細」に記載されているのは、「売買手数料」ではなく、「売買委託手数料」となっていることです。

売買手数料と売買委託手数料の違い

取引コストは、有価証券を売買する時に発生する費用の総額です。具体的には以下のコストの合計額です。

  • 売買委託手数料(証券会社に直接支払っている手数料)
  • 売買委託手数料として計上されない売買手数料(有価証券を売買する際に実質的に証券会社に支払っている手数料)
  • マーケット・インパクト(自らの売買により不利な値動きが生ずるコスト)

広義の取引コストとして、この他に、タイミング・コスト(売買の意思決定を行なってから注文を出すまでの間の株価の変動によって生じるコスト)や機会コスト(執行できなかったことによる機会損失)を考慮する場合もありますが、議論が複雑になるので、ここでは割愛します。

ここで、押さえておいてほしいのは、売買委託手数料は取引コストの一部にすぎないということ。そして、売買委託手数料として計上されない売買手数料があるということの2点です。

売買委託手数料は取引コストの一部にすぎない

先に示したとおり、用報告書に記載されている「売買委託手数料」は「取引コスト」全体の一部にすぎません。

したがって、運用報告書等に記載されている「売買委託手数料」=「取引コスト」と考えると、実際にかかる費用を過小評価することになってしまうということです。そのことを承知の上で実質コストを議論すればいいのですが、そうでない場合が多いので、大変心配しています。

さらに言えば、近年では、有価証券を売買する時に取引を仲介する会社(証券会社)に支払う費用を、「売買委託手数料」として計上することがマレになっています。それは、売買回転率が高く、それなりに取引コストを支払っているはずの投資信託なのに、運用報告書の「売買委託手数料」がゼロ(ゼロに近い)数字となっている事例が多く見受けられることからも明らかです。

実質コストを推定する時に、取引コストを考慮する場合、簡易的に「売買委託手数料を取引コストとみなす」のも、避けた方がいいでしょう。

売買委託手数料として計上されない売買手数料がある

直接的に支払う費用と間接的に支払っている費用

運用報告書に記載されている「売買委託手数料」は、有価証券(例えば株式)を売買する時に、直接、取引の仲介会社(証券会社等)に取引手数料として支払った金額です。

一方、「売買委託手数料として計上されない売買手数料」は、こういう名称の勘定科目があるわけではなく、証券会社との相対取引において間接的に支払っている費用をさします。「売買手数料として直接支払ってはいないけれど、実質的には取引の仲介会社(証券会社等)に支払っている手数料」をさします。

ご参考:トヨタ株を100株購入する場合

株式市場で取引する場合:トヨタの株価が7000円の時、株式市場でトヨタ株を100株購入する場合を考えます。証券会社に約定代金の1%を売買手数料として払う契約の場合、約定代金は7000円×100株×(1+1%)=70万7000円となります。このうち、7000円が「売買委託手数料」として計上されます。

証券会社と相対で取引する場合:同じタイミングで別の証券会社から、「トヨタ100株の購入、売買手数料込みで、1株7070円でいいよ。」という条件提示があったとします。これを受けた場合(証券会社との相対取引でトヨタ株を購入した場合)、約定代金(取引コスト込)は70万7000円となりますが、「売買委託手数料」は全く計上されません。

どちらもトヨタ株100株を売買手数料込で70万7000円で購入したにも関わらず、取引の執行方法が違うだけで、一方は売買コストとして「売買委託手数料7000円が計上」され、一方は「何も計上されない」ことになります。

証券会社との相対取引が主流

昔は日本株を売買する際、「株式市場で取引する場合」がほとんどでしたが、近年は「証券会社と相対で取引する場合」が大勢を占めています。この記事では取り上げませんが、自らの売買により不利な値動きが生ずるコスト(マーケット・インパクト)を抑制する為に、そうした方が有利となる場合があるからです。

投資信託によっては、有価証券を売買する時に、ほとんど全てを「証券会社と相対で取引」している場合もあります。そのような投資信託は、実質的には「売買手数料」が発生しているにもかかわらず、運用報告書の「売買委託手数料」はゼロになっています。

運用会社によっては、多額の売買手数料を証券会社に支払っていることを隠すために、敢えて相対取引を行っているケースもあるかもしれません。いずれにしても、運用報告書にある「売買委託手数料」は取引コストの実体を表さない意味のない数字であり、それを未だに投資信託協会が放置しているのが実態です。

繰り返しになりますが、実質コストを推定する時に、簡易的に「売買委託手数料を取引コストとみなす」のは、コストを過小評価するだけなので避けた方がいいでしょう。

では、投資信託の取引コストは、どう考慮すればいいか

取引コストは信託報酬と同じぐらい投資信託の運用結果に影響を及ぼす無視できない費用です。予想が困難なので、見積もらない(取引コストをゼロと仮定した)シミュレーション結果を平気で顧客に提示する、運用会社や販売会社は、不誠実極まりないと感じています。

取引コストは、投資信託の規模や、投資している資産の種類、売買回転率等によって大きく異なります。同じ国内株式に投資する投資信託でも、大型株に投資しているファンドと小型株に投資していファンドで、取引コストも大きく異なるということです。

したがって、取引コストを推定する時は、分析対象の投資信託の特性を明らかにした上で、各項目について何らかの想定を置いて、各自で工夫して計算するしか方法はありません。少なくとも、この記事をご覧になった方は、運用報告書に記載されている売買委託手数料を取引コストとみなす過ちは犯さないでください。

なお、当サイトにおける取引コストの推定方法(設定方法)についてはQ&Aページをご覧ください。

Q & A

まとめ

運用報告書に記載されている「売買委託手数料」は、取引手数料として証券会社に直接支払われた金額だけが計上されたものであり、実際の取引コストの極一部に過ぎません。実際の取引コストは、証券会社との相対取引において間接的に支払っている費用や、他の市場参加者に支払っている費用(マーケットインパクトやタイミングコスト等)を含めた費用で、「売買委託手数料」よりもはるかに大きな金額になります。

近年では、「売買委託手数料」として計上されない売買の執行方法が主流になっています。従って、投資信託の実質コストを推定する時に、簡易的に「売買委託手数料を取引コストとみなす」やり方は、避けた方がいいでしょう。

資産運用会社は、同じ運用ファンドでも、プロ向けの年金運用では、売買の執行コスト(広義の取引コスト)を計算して顧客に報告する一方で、素人相手の投資信託では意味のない「売買委託手数料」を形式的に運用報告書に掲載するだけです。ここでも、プロ向けと素人向けの2重基準が平然と行われています。本来であれば、素人の投資家にこそ、投資家保護の観点から、より厳しい基準での情報開示が必要なはずです。投資信託協会は見て見ぬふりをしているだけです。顧客の利益を無視した、ほんとにふざけた業界です。金融庁は、投資家保護の為に、こうしたこともきちんと指導すべきです。

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